
貸主が修繕しない場合も家賃は必要?連帯保証人への未払い賃料請求が認められた裁判例
【はじめに】
賃貸住宅で雨漏りや設備の故障が続き、貸主に修繕をお願いしても対応してもらえない場合、
「家賃を支払わなくてもよいのでは?」
「すぐに退去して契約を終わらせられるのでは?」
と考える方もいると思います。
しかし、物件に不具合があるからといって、
必ずしも家賃の支払い義務がなくなるわけではありません。
今回ご紹介するのは、借主が「貸主に修繕義務違反がある」として退去したものの、
連帯保証人に対する未払い賃料などの請求が一部認められた裁判例です。
この記事では、なぜ借主の主張が認められなかったのか、
貸主の修繕義務や連帯保証人の責任について、分かりやすく解説します。

1.今回の裁判はどのような事例だった?
まずは、裁判の登場人物と契約内容を整理します。
本件では、
法人である貸主が、個人の借主に対し、東京都内の賃貸マンション最上階の一室を貸していました。
賃貸借契約の主な内容は、次のとおりです。
契約期間:2年間
月額賃料:管理費込み14万円
敷金・礼金:各13万5,000円
解約予告期間:2か月前
退去時清掃費:4万円(税別)
借主は貸主だけでなく、媒介業者にも解約通知を行う
連帯保証人は、借主が契約に基づいて負担する一切の債務を保証する
契約後、室内では平成30年5月、6月、10月、平成31年3月の計4回にわたり雨漏りが発生しました。
借主は貸主や管理委託先に補修を求め、浴室の排水口から発生する異臭への対応も求めていました。
そして平成31年4月27日、借主は貸主に対し、
「修繕義務を果たしていないため退去する」
「今後の賃料は支払わない」
という内容を通知しました。
借主は翌月2日に鍵を返却して退去しましたが、
契約書には2か月前までに解約を申し入れるという決まりがありました。
その後、貸主は連帯保証人に対し、
解約予告期間中の賃料・清掃費、信用を傷つける書面を媒介業者へ送ったことによる損害など、
合計約127万円の支払いを求めて裁判を起こしました。
2.借主側の主張
連帯保証人側は、貸主からの請求に対し、主に次のような反論をしました。
・貸主が雨漏りなどを修繕しなかった
・貸主に修繕義務違反があったため、借主による契約解除は有効である
・したがって、退去後の未払い賃料は発生しない
・媒介業者へ送った書面は、退去理由を説明したものにすぎない
・その書面は賃貸借契約に基づく債務ではないため、連帯保証人は責任を負わない
借主側からすると、
「雨漏りが繰り返され、修繕をお願いしても対応してもらえなかったのだから、すぐに契約を解除できる」と考えたのだと思います。
確かに、貸主には賃貸物件を使用できる状態に保つ責任があります。
ただし、借主の責任によって修繕が必要になった場合には、貸主が修繕義務を負わない場合があります。
それでは、雨漏りが4回発生した本件では、
なぜ借主による即時解除が認められなかったのでしょうか。
3.裁判所の判断
裁判所は、建物に4回の雨漏りが発生したこと自体は認めました。
しかし、
・建物全体を使用できない状態だったとは認められない
・浴室を含め、建物の一部を継続して使用できない状態だったとも認められない
・借主の生活上の支障は、契約を直ちに解除できるほど大きくなかった
と判断しました。
そのため、貸主に多少の対応不足があったとしても、
借主が解約予告期間を待たずに即時解除できるほど重大な契約違反ではないとされました。
結果として、借主は契約書の定めに従い、
解約通知から2か月間の賃料などを支払う義務を負うと判断されました。
ここで重要なのは、
不具合が発生したことと、家賃の全額を支払わなくてよいことは、必ずしも同じではないという点です。
4.修繕義務違反があれば家賃を全額止められる?
裁判所は、借主が賃料全額の支払いを免れたり、全額の支払いを拒んだりできるのは、
原則として物件全体の使用ができない場合に限られると示しました。
また、賃料の一部について支払いを免れるためには、
建物の一部を継続して使用できない状態にあることが必要だとしています。
例えば、
・1部屋が長期間使えない
・水回りの一部が継続的に使えない
・建物の一部に立ち入れない
・設備故障により通常の生活が大きく制限される
といった場合には、影響の範囲や期間に応じて賃料が減額される可能性があります。
ただし、雨漏りが一度発生した、設備が一時的に使えなかったというだけで、
家賃が0円になるわけではありません。
実際にどの範囲を、どの程度の期間使用できなかったのかを確認する必要があります。
5.借主が家賃を一方的に止めるのは危険
貸主が修繕してくれないと、
借主としては家賃の支払いを止めて対応を促したくなるかもしれません。
しかし、借主が自己判断で家賃全額の支払いを止めると、賃料滞納として扱われる可能性があります。
賃料滞納が続けば、貸主から、
・未払い賃料の請求
・遅延損害金の請求
・賃貸借契約の解除
・建物の明渡し請求
・連帯保証人や保証会社への請求
を受ける可能性があります。
不具合が発生した場合は、
まず貸主や管理会社へ連絡し、いつ、どこで、どのような不具合が起きたかを記録することが大切です。
電話だけでなく、メールや書面、写真、動画を残しておくと、
修繕を求めた事実や被害状況を後から説明しやすくなります。
また、賃借物が修繕を必要とする場合、借主にも遅滞なく貸主へ通知する義務があります。
話し合いがまとまらない場合でも、家賃を突然止めるのではなく、
賃料減額の可否や供託などを含め、弁護士などの専門家へ相談する方が安全です。
6.退去した日と契約が終了する日は同じではない
今回の裁判例で、もう一つ重要なのが解約予告期間です。
借主は鍵を返却して退去しましたが、
契約書では、借主から契約を終了する場合、2か月前までに書面で申し入れることになっていました。
そのため実際に住まなくなった日ではなく、
解約通知から2か月後まで賃貸借契約が続くと判断されました。
賃貸住宅では、
契約ごとに解約予告期間が定められています。
「今日退去したので、今日から家賃はかからない」というわけではありません。
ただし、貸主に重大な契約違反があり、通常の生活や営業ができないほどの状態であれば、
解約予告期間を待たずに解除できる可能性もあります。
重要なのは、単に不具合があったかではなく、契約を続けられないほど重大な状態だったかどうかです。
7.退去時の清掃費
本件の賃貸借契約には、
退去時に借主が清掃費4万円を負担するという特約が具体的に記載されていました。
裁判所は、この特約が借主へ過度な負担を課すものとはいえないとして、清掃費の支払い義務を認めました。
賃貸住宅では、通常損耗や経年変化による原状回復費用は貸主負担が原則ですが、
具体的な内容と金額が契約書に明記され、借主が合意している場合には、
退去時の清掃費を借主負担とする特約が有効と判断されることがあります。
今回の契約では、
清掃費が「4万円(税別)」と具体的に記載されていたことが判断材料となりました。
借主は契約前に、退去時の清掃費や原状回復特約を確認しておく必要があります。
8.信用を傷つけたことによる損害賠償は認められなかった
貸主は、借主が媒介業者へ送った書面によって信用を傷つけられたとして、
その損害についても連帯保証人へ請求しました。
しかし、裁判所は、
・貸主の信用がどの程度傷ついたか明らかではない
・その行為は賃貸借契約に基づく借主の債務とはいえない
として、この部分の請求を認めませんでした。
連帯保証人が責任を負うのは、保証契約の範囲に含まれる債務です。
契約書に「借主が負担する一切の債務」と書かれていても、
借主に関係するあらゆる行為について無制限に責任を負うわけではありません。
その請求が賃貸借契約に基づく債務なのか、保証契約の対象に含まれるのかを個別に判断する必要があります。
9.最終的に連帯保証人はいくら支払うことになった?
裁判所は、解約予告期間中の未払い賃料と清掃費について、借主に支払い義務があると判断しました。
一方、貸主の信用を傷つけたことによる損害賠償請求は認めませんでした。
また、借主が預けていた敷金は、未払い賃料などへ充当されます。
その結果、連帯保証人は、
未払い賃料と清掃費の合計額から敷金を差し引いた16万円余りについて、貸主へ支払う義務を負うと判断されました。
貸主が請求した約127万円の全額が認められたわけではありませんが、
連帯保証人に対する未払い賃料と清掃費の請求は一部認められました。
10.連帯保証人の責任
賃貸借契約の連帯保証人は、一般的に、借主が契約上負担する次のような債務を保証します。
・未払い賃料
・未払い管理費・共益費
・遅延損害金
・原状回復費用
・契約で定めた清掃費
・契約終了後の明渡しまでの賃料相当損害金
・借主の責任で生じた修繕費
借主本人が支払わなければ、貸主は連帯保証人へ支払いを求めることができます。
ただし、現在は個人の連帯保証人を保護するため、保証責任に上限を設ける制度があります。
2020年4月1日以後に締結される賃貸借契約で、個人が連帯保証人になる場合、
保証契約には責任の上限となる極度額を定める必要があります。
例えば、極度額が200万円と定められていれば、
借主の債務が300万円になっても、連帯保証人が負担する上限は原則として200万円です。
なお、今回の裁判例の賃貸借契約は2020年4月施行の改正民法より前の契約です。
現在の新規契約とは保証契約のルールが異なる点に注意が必要です。
11.貸主・管理会社が注意すべきポイント
今回の裁判では連帯保証人への請求が一部認められましたが、
貸主が修繕を放置してよいという意味ではありません。
貸主には、物件を通常使用できる状態に保つための修繕義務があります。
不具合の連絡を受けた場合は、
・早めに現地を確認する
・修繕業者を手配する
・対応予定を借主へ連絡する
・修繕まで時間がかかる理由を説明する
・使用できない部分があれば賃料減額を検討する
・対応履歴を記録する
といった対応が重要です。
不具合が建物全体の使用を妨げるほど重大であれば、
借主による契約解除や損害賠償請求が認められる可能性もあります。
今回の事例は、雨漏りがあったにもかかわらず、
裁判所が「生活への支障は即時解除を認めるほど大きくない」と判断した個別事例です。
別の物件や被害状況でも同じ結論になるとは限りません。
12.この裁判例から分かる重要なポイント
今回の裁判例から学べるのは、主に次の点です。
第一に、雨漏りや設備不良があっても、当然に家賃全額の支払い義務がなくなるわけではありません。
第二に、物件の一部を継続して使えない場合は、その範囲に応じた賃料減額が問題になりますが、
家賃を0円にできるのは、建物全体を使用できないような場合が中心です。
第三に、鍵を返して退去しても、解約予告期間が残っていれば、その期間中の賃料を請求される可能性があります。
第四に、借主が負担する未払い賃料や契約上の清掃費は、保証契約の範囲内で連帯保証人へ請求されることがあります。
第五に、現在の個人連帯保証契約では、保証責任の上限となる極度額の定めが重要です。
賃貸借契約では、貸主にも借主にも守るべき義務があります。
貸主に修繕の遅れがあったからといって、
借主側の賃料支払いや解約手続きがすべて不要になるわけではありません。

【 まとめ 】
今回の裁判では、雨漏りが繰り返し発生していたものの、
部屋全体が使えない状態ではなかったため、借主による即時解除は認められませんでした。
その結果、解約予告期間中の未払い賃料や清掃費について、連帯保証人への請求が一部認められています。
賃貸物件に不具合がある場合は、
まず貸主や管理会社へ連絡し、写真やメールなどで状況を記録しておくことが大切です。
また、修繕されないからといって、
自己判断で家賃の支払いを止めたり、すぐに退去したりすると、未払い賃料を請求される可能性があります。
修繕、賃料減額、契約解除について判断に迷ったときは、契約書を確認し、必要に応じて専門家へ相談しましょう。
